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以前撮ったモノなどその5

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 三式戦闘機「飛燕」ことキ六十一は、初号機の初飛行が昭和十六年十二月十二日とのことですので開戦直後なのですね。過去の記事にも登場したDB601のライセンスを獲得した帝国陸軍は、当時の川崎航空機工業に発動機を製造させるとともに、当該発動機を搭載した単座戦闘機の試作にも着手します。この試作指示に応じて川崎が試作したのがキ六十とキ六十一です。当初の試作の意図としては、キ六十が高速重武装のいわゆる重戦闘機であり、キ六十一は軽戦闘機と重戦闘機の中間的な性格の機体で、実のところそれほど目覚しい性能を期待されてはいませんでした。
 ところがいざ蓋を開けてみると、予想に反してキ六十はそれほど最高速が伸びず、上昇力なども余りパッとしなかったのに対して、キ六十一はそれを三十kmも上回る最高速を記録し、空戦性能も良好だったことから直ちに増加試作が決定され、昭和十八年に三式戦闘機として正式採用されました。画像の復元機はこの三式戦闘機のⅡ型の試作機であり、機体に残っていた刻印から「6117号機」と呼ばれています。
 6117号機は終戦後に米軍により接収され、占領下にあっては横田基地に展示されていましたが、日本が独立を回復するとともに返還され、国内各地での展示や当時の岐阜基地での保管等を経て、昭和六十一年からは知覧特攻平和会館で展示されていました。しかしながら、長い年月の間に多くの部品欠損や意図的な改変などが行なわれた結果、オリジナルとは程遠い状態となっていたことから、旧川崎航空機の母体である川崎重工業の手により、同社創業百二十周年の記念事業として細部に至るまで製造当時の姿に近づける形での復元が行なわれたものです。
 画像は平成二十八年十月に神戸で撮影したものですが、見てお分かりの通りお客さんも少なく、随分ゆっくりと見ることができました♪ ただ、撮影に使用したカメラの能力のせいで、今見返しても細部が鮮明ではありません。また、すぐそばに寄れないものですから、肝心の「6117」の刻印が撮影できなかったのが心残りです…。因みに6117号機といっても、製造番号で言う6117番目という意味ではありません(三式戦闘機の生産機数はⅠ型が約二千八百機、Ⅱ型が僅かに九十九機ですので…)。17は試作十七号機という意味の様ですが、61はおそらくキ六十一を指しているのでしょう。
 同機は現在「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」(Y.E.Hは長年『かがみはら』だと思い込んでました…)にて展示されていますので、機会があればまた見に行きたいものです。


復元6117号機

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